断続的に大声上げる人から追いかけられた事がある。
偶偶同じ方向に歩いてるだけ・・・と思って二度振り返って確認したが「え、関係ないですよ」みたいな素振りしてたので「確実に付いてきてるな」と。
偶偶なら通り過ぎるだろうし、落とし物拾ってくれたんなら渡そうとする等のアクションがあるだろう。
正直怖かった。今思い出して書いてても怖い。
ガタイのいい兄ちゃんの大声と気配が付いてくるんだから。
でも、其の人の特性なのなら、どうしようもない。そういうもんだと考えるしかない。
ただ、未だに怖くてそういう声が聞こえたら警戒する位、怖い思いをした自分の気持ちの落し所は無いのか・・・。
そんな微妙に難しい出来事と上手く折り合いをつけるヒントが欲しい。
「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった+かきたし」(岸田奈美/小学館文庫)読んだ。
noteの「キナリマガジン」も購読している、面白くて気になる文章だもの。無料部分だけでも十分面白くて或る程度のオチは付く、だが有料部分と合わせて読むとガラッと変わる。すごい。
しかも明るい。
何でそんなレアケースに遭遇しはるんや、めっちゃピンチやん・・・なのに「こんな面白い事があった、こんな事に気づいた」って感じで、明るい。
改めて本で読んでいくと、岸田さんの文章にはほぼ毎回”気づき”がある。
物の見方だとか、ユニバーサルマナー検定だとか。
3級、認知症対応マナー研修はちょっと興味ある。
岸田さんの日々には、ピンチがあってもむっちゃへこたれて「もう駄目だ・・・」ってなりそうな時でも何かしら救いがある、というか其処に”気づける”、そういう能力が高いんだろう。
残念ながらまくらに書いた”上手く折り合いをつけるヒント”其の物は無い、無いけど自分で”気づける”ヒントは沢山ありそうだ。
凄い頑張る人やねんな、しかも「頑張る」「頑張ろう」とは意識してなくても。
御本人は「足りないから足す」「出来ない中で出来る事をする」だけなのかもしれないが、読んでる側からは「めっちゃ頑張ってはるな、凄いな」である。
つよい。
何はともあれ
・死ななければ、何とかなる
・転んだ後どう立て直すか、起こった後にどうするかを考える
・好きな自分でいられる人との関係性を大切にする
の精神で生きていこう。
うむ。
比喩が面白い、「ミツカンのめんつゆに匹敵する万能さ」って、ようこんな的確な喩え書きはるなと思う。
髙見澤さんの「いきなり頭の中でB弦の十八フレットを、思いきりチョーキングする音が響いた。」以来だ。
あと櫻井くんレベルの人に遭遇したら足が攣るのか・・・緊張もあるんだろうな。
そして櫻井くんもいい人過ぎる。
小中学生にも読んで欲しい。
特に作文に悩む子が「こんな風に自由に出来事や気持ち書いていいんだ」って思えるきっかけになりそう。
少なくとも自分が小学生の時に此の文章に触れたかった。