社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないです・・・。

これでもいいのだ

今年度からは非正規雇用にもボーナス頂ける事になり、うは!よっしゃ!ありがてえ!
・・・色々買っちゃうねぇ。

「これでもいいのだ」(ジェーン・スー/中公文庫)読んだ。

こんな人だったっけ。
ジェーン・スーは以前にも読んだし
sociologicls-acv.hatenadiary.jp
雑誌等(「波」かなんか)にエッセイが掲載されていれば嬉々として読んでいた。
其のジェーン・スーと同じ人とは思えず。
印象が変わったのは、自分が変わったからだろうか。

或る意味、夢物語である。
そーやって集まれる友人が居ない(みんな遠方だからね)し、2016~2019年頃の連載なので新コロやはしかを心配しなくて済んでた頃の話。
日常の続きの夢・憧れのようで。
(ほんっとに新コロで世界変わっちゃったよねぇ。。。)

アイドルの話で「自分に似たメンバーを応援するんだよ」という話があって成程と思う一方、「自分に無いものを持つメンバーを応援する」というのもあるんじゃないかな?とも思ったり。

今の40代にとっての「ちょうどいい」が少な過ぎるのは激しく同意である。
多様化の時代、年齢気にしなくていいじゃん持ちたいもの持って、着たいもの着ちゃえばいいのよ、とは未だ割り切れない。
もっと自由でいい筈なのにな、ファッションだけじゃなく生き方も。
「こんな人だったっけ」と思ってしまったのは、もしかしたらジェーン・スーならもっと柔軟に時代に沿うたり離れたり自在でいらっしゃるのではないだろうかと思っていたのに、彼女を以てしても時代や「こうあるべき」に悩まずにはいられないのか、其れが見ていて今の自分にはしんどいからかも?だ。
「こういう時にこう考えて折り合い付けてるよ」「こういう事に気づいたよ」というのを求め過ぎていただけかも。

何はともあれ、「どんなときでも、人の喜びを素直に喜べる人」(p.206)でありたいと思った。

解説は・・・また貴方ですか、てな気持ち。
某漫画思い出してげんなりした。
本編に小ライスのエピソードあるし。
大ライス食べそうだと毎回思われるのは鬱陶しいけど、いちいち言うしかないんじゃないかな。
店員だって万能ではないし、人間やし。
個人的にはご飯減らして欲しいのに減らない方が厭だ(そういう話ではない)。