社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないです・・・。

里山奇談 あわいの歳時記

オリンピックが始まってしまった。
すると「反対してたんだったら観るな」みたいな事言い出す人が出てくるが・・・それもどうかと。
自分のTL見る限りは観ない人もいるし、モヤモヤしながらも下下の事を思えば、という人もいる。
或いはネタにしてしまうか。でなきゃやってらんないって。
自分はまだモヤモヤしている、だけど個個の選手の頑張りは否定したくない。
否定したくないから運営(?)しっかりしろ。此れ以上何もありませんように。
世の中1か0では割り切れない。割り切れるならもうちょっとスムーズな筈である。

里山奇談 あわいの歳時記」(coco、日高トモキチ、玉川数/角川文庫)読んだ。

”歳時記”とあるように、春夏秋冬ごとに其其の奇談が集められている。
文章が一層ふわふわとしていて。
読んでいて、木々の多いとこ歩いてるような、ちょっと爽やかな気持ちになる。

不思議な現象にも、科学的というか合理的(?)な理由付けは出来るのだな。
憑物は人獣共通感染症なのでは?とか。
壺に込める儀式というのは感染症の培地で、其れを憑かせたい人に塗る。
使い手が扱いを誤れば感染して使役するものに食われる。
勿論其れは理由付けの1つであり実際どうなのかは解らない、でもどちらにしても怖いし不思議さは残るよなぁ。

「群れ」の「個体群全ての脳で並列演算処理してる巨大な群生個体なんじゃないか」というのも面白い見方だな、と思った。
人間もそうなんだろうな・・・と思いながら読み進めると、”人間の群れ”の話で。
並列演算処理なうの人間の群れにしろ、もっと”上”の存在が群れを操ってるにしろ、意図が解らないのは怖い。
此の方以上に敏感に感知できる人が見たら解ってしまうのだろうか・・・。
面白い見方といえば前書きにあたる「目覚めの春」、人間以外の存在(此処では蛇)が所謂”幽霊”に出会ったらどう見えるんだろう。
考えた事なかったなぁ。
誰も居ない所に向かって吠える犬、見て警戒する猫の話は時々あるが、蛇が遭遇したらやっぱり警戒するんだろうか。
逆に幽霊の側からは蛇が怖かったりするんだろうか、蛇を見て「よしあの姿になってやろう」と考えるのだろうか。

其の他。
・たけくさやしき
子孫が不幸な理由を御先祖様の所為にするって、其の御先祖様に対して失礼な話である。
しかも其れをセールストークにして脅すってのは。
・おいぬ好かれ
目に見えない”犬っぽいもの”に好かれる人の話。
和む。
めっちゃ好い人なんだろうな。生身のもふもふや人間にも好かれるような。
空の境界
蹴鞠しなきゃ。
其れはさておいても奉納する蹴鞠ってのはそういう意味があるんだろうなぁ。

ところで「氷瀑」、此れ何時・・・何年の話なんだろう。
此のご時勢やここんとこ数年の台風・大雨を予知してるんだったら怖いなぁ。