社会学的ラブソング・改

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この1年の変化

お題「#この1年の変化」

自分自身に限れば、そんなに変化が無い。
テレワークに出来ない業務だし元元正社員に比べたら時短なんで勤務時間も変わらない。
お稽古も復活した、本屋も開いてる。
ライブの無い、バンド練習の無い日々にも慣れた。

・・・そんな訳あるか。
「この日誰某のライブ観に行くぞ」という予定が行く先を照らす光みたいなもんだった。
それが無い。
全く無い訳じゃないけど次々延期・中止。ほんとどうなるかわからない。
尤も、ぎゅうぎゅうのライブハウスは苦手だったんで、周囲の人と一定間隔保って観られるのは有難い。

それはさておいても、自分の日常があんまり変わらないのに、社会情勢やらなんやらが変わり続ける、それに振り回されるというのがしんどかった。
業務内容というか日々やってる事は変わらない、だが作業量として減っている。
先のスケジュールが解らず、他の人の助っ人に回る事が出来ない。手伝いやってて自分の本業出来ません、では本末転倒である。
(此れは今の仕事始めてからずっと上司に相談して、手は打ってるが・・・という感じ)
待機時間が長くなる、なので大きな声では言えないが昼休みを拡張して本を読んでいる。
或いはTwitterはてなブックマークを見る、其処からネット上の記事を読む。
空いてたら何か文字を目にしていないと落ち着かない人間なもんで、自ずとそうなる。
だがインターネッツ、特にSNS東日本大震災後以上にしんどかった。
世間一般のニュースも厭になる話ばっかり、趣味の方も明るい話は少ない。元元多くはないのに。
今日の真実が明日には嘘になってるかもしれない、色々疑ってかからなきゃいけない。
TV観てると愚痴っぽくなる、インターネッツもそうだ。
いやだいやだ。
とはいえ前とはあんまり変わらない日常があるだけマシなのだ、自分は。

で、「日常の一部を取り戻す」みたいな気持ちで少しずつ配信以外のライブも観に行くようになったが。
楽しみきれない。
こないだのストレイテナーは良かったんだけど、行き帰りや開演・転換前に「や、それええんかいな」みたいなのに遭遇してはきりきり、どんよりする。
自分だって他人にそう思わせてるんだろう。それも厭だ。
これ以上は愚痴っぽくなるからやめよう(既に愚痴っておいて何なんだが)。

そういう1年だった。
変化があったんだかなかったんだか、正直よく解らない。
周りと自分とで変化のスピードの落差が大きい事が、こんなにもしんどくて擦り減っていくものだとは。

何もかも「3歩進んで2歩下がる」的な、締めて様子見て落ち着いたら緩めて~を繰り返して落ち着くのを待つ事になるんだろう。
締め/緩め具合が合わない人達を眺めながら。