社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないので、はてブボタンは設置してません。

神隠し譚

今日のアルカラ@大阪、行きたかったなぁ。。。
もうすぐ2回目接種だから大事を取って行くのを止したが。
行きたかったなぁ。
・・・等と考えてアルカラ聴きながら散歩した。

神隠し譚」(小松和彦・編/桜桃書房)読んだ。

神隠し”というものについて、どんな物か、どんな機能があるのか。
直接論じるのではなく、様様な作品を読む事で理解しましょう、という或る種のアンソロジーである。
神隠しとは、失踪等人を隠し、人間世界の現実を隠し、隠された人間を諦める事をすすめる装置。
収録作の中には失踪する事で異人となり新たな生活を送る、というのもあったような。
本が出る頃、「千と千尋の神隠し」が公開されており、では現代においてはどうだろう?とも考察される。
現代社会から解放されたかたちでの休息、其処から元の社会への復帰。
とはいえ”神隠し”となると、そう上手く解放・復帰出来るもんかな?と思った。

それにしても”神隠し”と言うても色んなパターンがあるんだな。
子供だけじゃなく、大人も。
戻ってくる人もあれば、戻らない人もある。
神隠しに遭う側の人間の話もある。
神隠し的なモノにしてしまう人、神隠しっぽい所から戻ろうとする人もある。
其れが子供向けにも、大人向けにも書かれる。
地域の伝承として語り継がれる代わりに、現代ではフィクションとして幅広い人達に語り継がれるんだろう。