社会学的ラブソング・改

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ヤクザときどきピアノ

clubhouseなるSNS?が始まっているが、自分の中では”Twitterで紹介したらめっちゃ売れる”ピエール中野vs”話題にしたらダダ滑りの逆神”イ×ハヤの仁義なき戦い
どうなるんだろうね。

「ヤクザときどきピアノ」(鈴木智彦/CCCメディアハウス)読んだ。

ヤクザときどきピアノ

ヤクザときどきピアノ

「サカナとヤクザ」をお書きになったヤー様関連ライターが一仕事終えて映画観まくってた際、「マンマ・ミーア!ヒア・ウィー・ゴー」で流れた「ダンシング・クイーン」で号泣し、「ピアノでこの曲を弾きたい」と頑張る話である。
戦略立てて片っ端から電話し、見学に行ったレイコ先生のピアノ教室と運命の出会い。
「俺はレイコ先生と心中する」とまで言わしめるくらいの。
でも実際運命だと思う、運命引き寄せはったと思う。
「なにがあっても、短い時間でも、毎日欠かさず練習するのがいい」と仰る先生は多いが、「練習すればどんな曲でも必ず弾けます」とまで言ってくれる先生はあんまりないと思う。
大人相手だからかな。
あと生徒の目的・性格をちゃんと見てはる。
その上で「鈴木さんは『ダンシング・クイーン』弾けるようになればいいのね」で終わらず、きちんとステップ踏んで「ダンシング・クイーン」弾けるようになりましょう、その先も弾きたい曲があれば弾けるように、というのがいいなぁ。

鈴木さんが練習曲マスターしていく様子、一つひとつ感じた事がキラキラしてて良いな。
先生の演奏を聴いた衝撃を9mm弾に撃たれた時の衝撃に擬える等、喩えが極の道なんだが、冷静に分析しつつも「よろこびの歌」が弾けて大喜び、「歌ってみよう」と言われて歌ってから弾いて「全然違う音が鳴った」「いまは高らかな音色が聞こえる」と感動してはる。
レイコ先生も教え甲斐あったろうと思う。
一つ一つ教える毎に、技術も気持ちの込め方もきゅうきゅう吸い込んでいくのだ。
そういう厳つい方でも発表会を前に「他人の雰囲気を感じるだけで演奏が腰砕けになる」と仰るのである。
「二十年以上、暴力団に脅され続けた経験は無意味だったということか。」とか。
あれだ、タテ方向の力にはめたくそ強いがヨコ方向だとぱきっといっちゃう、みたいな感じなのでは。
何はともあれ、こんな風にキラキラ、ときめきながらピアノ学んでいきたかった。
訳わかんないまま、何故練習するのかすらよく解ってないままやってたもんな・・・今思うと酷い話である。
「生徒を落胆させ、滅入らせるレッスンは最悪ね」とあるけど、どちらかというとそういうタイプの先生だったもので。
音大・芸大受験向けみたいなスパルタではなかったが、自由には弾けなかった。
指の練習をしっかりやるタイプの先生だった事には感謝している。
だが自分の好きなピアニストではない、それこそ「お前誰やねん」なピアニストの弾き方真似させられたのは厭だった。
軽音入って、先輩が習ってる先生は凄く自由に弾かせてくれる、と知った時は吃驚だった。
ピアノの先生というのはそういう自由くれないと思っていた。
多分鈴木さんが習ったらあかんタイプの先生だと思う。
自分もレイコ先生みたいなタイプの先生に習いたかった。
ほんっとに楽しそうでさ。
読んでいて眩しい。
あと「トイ、トイ、トイ」のおまじないはちっちゃいうちに知っておきたかった。

個人的に発表会は良いと思っている。
漠然とただただらやるの寂しいし、発表会でややグレード上げたら伸びる。
何よりピアノの先生やオカンみたいに普段褒めない人が褒めてくれる(笑)