社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないです・・・。

死刑にいたる病

「死刑にいたる病」(櫛木理宇ハヤカワ文庫JA)読んだ。

櫛木理宇読むなら「死刑にいたる病」かなーでもなんか怖そうー、と思っていたがサダヲに釣られて読む事にした。
連続殺人鬼・大和から「罪は認めるが、最後の1件だけは冤罪だ、それを証明してくれないか」と手紙を貰った大学生・雅也が大和の過去を追っていく話。
「一つ一つの選択が明らかにする残酷な真実とは。」って・・・まぁ確かに。
えぐいっちゃあえぐいが、映像じゃないのでそんなにえげつなさすぎない。
読み返すと、エピローグの街の情景は小説だと無理矢理押し込んでる感じがする。
以下ネタバレあり。





犯行描写以上に、雅也のダメっぷりとダメな癖に自尊心がばりばり高いのが読んでて辛い、しんどい。
大学生活、見下してる同級生に馴染めないダメさ加減、適度に提供される情報によってのめり込んでいく姿(金も無いのに)。
大和は初っ端から雅也の心掴んできよる・・・と思ったら其れすらも。そもそもが。
”対象”じゃないけど、”対象”になるまで育てはするんだな。
「最後の1件」の犯人は雅也のオカンかと思った。
此の被害者を”取り込む”過程が書かれてなくて良かった。
書かれてたら胸糞悪過ぎて読めない。(そっち?)

「不幸な生まれなら、人殺しになってもいいんですか?」って全く以って其の通りなんだけど、此の物語の中では非力過ぎる。

大和、めんどくさくなかったのかな。
主な登場人物は大体操作してるやん、もしかしたら物語に出てこないとこでも色々操作してるのかもしれない。
めっちゃ人数多い。
そういうのを面倒臭がらず愉しむ奴だから”稀代の殺人鬼”なのか。
自分が痛めつけるのと、痛めつけられてるのを見るのとどっちが愉しかったんでしょうな。
想像するだに恐ろしい。
雅也は用済みなんでしょうな。
解りやすく大和に靡いて色々考えちゃうようなのは、チョロかったんだろうなぁ。

映画、ラストはどーすんだろーなー、と思ったら原作より分かりやすく胸糞悪くなってたみたい。
「コメディに転化する瞬間もあるかも」なら、全員集めてさあ殺りたまえ!にすれば一層コメディだったかもよ。
そういう安易な事しないから良かったのか。
其れにしても超・阿部サダヲ
原作はサダヲ当て書きじゃないだろうに・・・もう全てがサダヲで脳内される。

どうでもいいニュース:
映画版、赤ペン瀧川先生出てたのか、あと志麻子さん。