社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないので、はてブボタンは設置してません。

Running Pictures/Cinematrix

「Running Pictures 伊藤計劃映画時評集1」「Cinematrix 伊藤計劃映画時評集2」(ハヤカワ文庫JA)読んだ。
これで伊藤計劃の公式に出ている作品の未読が無くなってしまった・・・映画公開の時に出てたムックにあったりする?
今まで映画時評に手を出してなかったのは、紹介されている作品を全然知らないから、あんまり楽しめないかも?と躊躇していたのだった。
2000年らへんなら、観た事ある映画も紹介されていた。ナツカシス。
大半は知らない映画、知っててもタイトルしか知らない映画なのだが、面白かった。
すっげー容赦無い。好きなものほど容赦無いのではなかろうか。なんかわかる。
映画を楽しむ為に監督・俳優・音楽だけじゃなくカット割や歴史についての深い知識をお持ちだから、容赦無くぶった切りつつ、ご本人仰るところの”映画の紹介”の文章として、全然詳しくない人も楽しめる。
ボーン・アイデンティティー」なんて音楽目当てで観たくなったもん。
好きな対象の為に、対象だけじゃなくその周辺の物事を知りたい、詳しくなりたい。
オタとしてかくありたい・・・。
そしてこれらが連載ではなく、あくまで個人サイト掲載の文章ってのが凄い。
個人サイトだから、これだけ情熱を詰め込めたんだろうなあ。
「Cinematrix」の最後。

映画だけじゃなく、”作品”というものについての話も面白かった。

単に自分のイメージと違うからといってそれを排除するのは、すなわち他者の考えを頭から排除する行為に他ならない(P.51~52)

あと、キャラクター造型について論じておられるのも深いなぁ、と思った。「人狼-JIN ROH-」の辺りだったか。他の映画だったか。
今はもっと”怠惰”になってしまっている気がする。
型がある中でキャラクターやストーリーが作られて、その中に差異を見出してあれは面白いこれはどうだ・・・って楽しむのもアリかもしれないが、自分は”怠惰”でありたくない。
それは映画・小説・漫画・アニメだけじゃない、音楽も。

今、伊藤氏が生きておられたら、何を考えてどんな作品を書かれて(描かれて)いたのだろう。
世情もだし、エンタメのあれやこれやもだし。
カメラを止めるな!」とそれに纏わるあれやこれや。
漫画原作で登場俳優被りまくりの映画。
それすらも自分には”かつて夢見られた未来”なのかもしれん。