社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないです・・・。

MUSIC BLOOD観た

「MUSIC BLOOD」のフジファブリック回を観た。
観たのはもう2週間くらい前、放送から1週間経ってから。めっちゃ前やん。
エントリ書きかけて、纏まらないまま今になった。
嬉しかったんだけど、良かったんだけど、凄くモヤモヤして。

志村がいた頃にこんな風に「凄いアーティストが居るんですよ」「名曲ですよ」って取り上げて欲しかった。
ちょっと悔しいんじゃないかな。
何でもっと早く良いって言ってくれなかったんだ、って。
知らんけど。
でももっと早く(言うても干支1周り以上前になるのか)「若者のすべて」が素晴らしい!って認められていたら、志村が思い悩む事は無かったとはまでは言えなくても、もう少し気持ちが楽だったんじゃないだろうか、と考えてしまう。
特に此処数年の持ち上げられっぷり、凄いやん?
何がきっかけだったんだろう。
Bank Bandかと一瞬思ったが、今確認したら「沿志奏逢3」リリースが2010年。
syrup16gの「Reborn」がカバーされてシロップファンがモヤってたのと同じタイミングだったのか)
防災無線のチャイムや列車接近音に使われるようになったのは、楽曲の素晴らしさにプラスして「彼の曲を使おう」って言える、採用できる権限を持てる世代に同級生の方達がなったのもあるんじゃないかな、と思う。

田中圭は志村の話をする事について「勇気が要る事」と仰ってたけども、この12年ずっとだからな。
地上波の番組出る度に志村の事語ってきたようなもんだ。
長年取材してきた人に詰められさえしてきたんだぞ。
志村は自分追い込んできたのにアンタらは・・・的な事をインタビュアーが言ってんの。それが記事になってんの。
発破掛けるにしても他に言い様あるでしょうに。
近くで見てきた人だから厳しくなるのかもしれない、でも同時に我我客が知らなくてよい苦労だって見てきたでしょうに。

未だにバンド名変えてやれだの何だの言われるんですよ、フジファブリック
志村の曲やるの「カバーみたいなもんだ」って言われるんですよ。
フジファブリックのまま活動してたから、今こうして「若者のすべて」が評価されてるんでしょうに。
2010年で止まってたら過去にされたままだ。
志村が生きてたって「劣化した」だの何だのボロカス言うんでしょうけども、そういう人達は。
長く続くバンドはどうしても「昔が良かった」って言われがちだ、フジファブリックは志村が“いるけどいない存在”になる事でその境目がはっきりせざるを、変わらざるを得なかったんだ。
ていうか、今いるメンバーの事羨んでなかったか、志村。
曲も出来て歌も歌えて、それなのに自分は・・・って。
其れだけ志村が認めてきたメンバーが今の3人なんだよ。

ってぐだぐだ書いてしまったけども。
生きて居て欲しかった。

それは叶わないけど、歌は生き続ける、それでいい。
ただ、消費はされないでいて欲しい。
わーって盛り上がって散散カバーやコピーされて過去にならないでいてくれたら。

もう大丈夫だと思ってたけど、未だにこの時期はしんどくなる。
後どれだけ時間が必要なんだろうね。
きゃあきゃあやってる人達見て抉られて「2009年年末、どんだけやり切れなかったか」って複雑な気持ちになるの、止めたい。



とかつらつらポエム綴ってる自分が一番嫌いだ。