社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないです・・・。

脳科学者の母が、認知症になる

先日、朝から豆乳のパック倒した。
よりによって↓や鬼滅ふりかけの天元さんステッカーに、たんぱく質と糖分たっぷりのやつを。
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(拭いたけど保存は厳しいだろうな。。。)
凹みつつコンビニへ。
前日レジ打ち間違えられてたっぽい事に帰宅後に気づいたんで差額支払いに行ったのだが、「いいです」と。
へ?
一瞬ぽかんとなった、なりつつ「認知症になったら、こういう『へ?』が増えるんだろうか」と思った。

脳科学者の母が、認知症になる」(恩蔵絢子/河出文庫)読んだ。

脳科学者が認知症になるのではなく、脳科学者である著者のお母さんがアルツハイマー認知症になられて、脳科学者として、家族として記録・分析・考察していく。
発症して「できなくなる/残っているもの」は何か、其の人らしさは失われるのか?

アルツハイマー病は初期に記憶を司る海馬の萎縮が始まる。
外界の情報を変換して大脳皮質に保存したり、取り出したりするのが海馬、其処が委縮すると新しい事が覚えられない、記憶を呼びだせない等の不具合が出る。
”今ここ”が覚えられなくなると不安にもなる。
周辺症状は緩和出来るそうだ、だが難しそう。

で、著者は「歩くこと」「料理をすること」を考える。
歩くのは、お父さんと一緒に。
刺激を受けてリラックス出来たり、記憶の整理整頓が出来たりするのだそうだ。
料理は著者と。
都度指示を出す事で「何故そうしているのか」という目的を思い出せる。
出来ない事が不安になるなら、指示を出して出来るようにする。

海馬が傷ついても学習できる・・・体が学習するのだそうだ。
言葉でなく体に積もっていく学習。
(とすると、何故言葉は切り離されるのだろう?)
そして感情記憶は残りやすい。素早い身体的反応である。
感情とは理性だけでは対応できない不確実な状況で人間を動かしてくれる、意思決定させてくれるシステムであり、感情が動けば海馬が刺激されて記憶されやすくなる。
感情の刺激が感情のシステムと大脳皮質を発達させるのか。
でもネガティブな刺激はあかんやろな。

介護する側、肩代わりする側の大変さについても触れられている。
普段思ってるより自分と他者の境界は曖昧、互いの線引きが難しくなる。
そういう中で、自分と他人とを「違う」存在と考え、大切に出来るかどうか。

自分の家族が発症した時に、著者のように余裕持てるだろうか。
今知っておけば余裕を持てるようになるのかもしれない、ただ何処まで思い出しながら行動できるのだろうか。

ところでアルツハイマー病以外、うつでも海馬やられる事はあるんだろうか。
自分始まっちゃってる?って不安になる事がちょいちょいあって。

どうでもいいニュース:
ライブでがっつりギター弾いてはるん観た直後にギター持つと前より出来る事が増えるんだが、あれも”ミラー・ニューロン”なんだろうか。
HERE観た後に左手親指が上から「こんにちは」出来た時は驚いた。