社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないです・・・。

みんなの民俗学 ヴァナキュラーってなんだ?

某ラーメン評論家のブログ文章見たが、読めなかった。
所謂”おじさん構文”、内輪ノリの文章という以前に、詫びたいのか釈明したいのか反論したいのか独り言を言いたいだけなのかが取っ散らかってて解らない。
あと”結”が無い。
オフとはいえジャーナリストがああいう文章書いてて大丈夫なんだろうか。

「みんなの民俗学 ヴァナキュラーってなんだ?」(島村恭則平凡社新書)読んだ。

ヴァナキュラーとは民俗学の研究対象。
フォークロアだと古い、懐かしいモノに受け止められやすいんだとか。
だから紹介されてる内容も家庭内、大学内や職場内で行われている事。
ここんとこ続け気味に妖怪関連や小松先生の本(神隠しやら憑き物やら)読んでたから「ええっ」てなった。

家庭、大学、喫茶店のモーニング、身近なところにヴァナキュラーは転がっている。
家庭内のヴァナキュラーは地域のヴァナキュラーになり得るんだと思う。
「うちこんなんしてるねん」「ええなぁ、うちもやってみよー」って拡がるのでは。
関学の七不思議は全く知りませんでした。チクショー
知らなくても一人前に4年で卒業しました。落とした単位は1個だけ。チクショー
ただ「美人しか入れない」というゼミは知ってる。
何故か「あの先生とあの先生がデキてる」という噂は複数知ってた。因みに男同士。
軽音のヤーボ等のアレコレもヴァナキュラーだったんかな。てかヴァナキュラーの宝庫だったぞ、当時は。
西荻のばばーる、モーニングセットあったし、其れこそ「休日はのんびり朝ごはん食べよか」的な雰囲気あったんだが、どうなんだろうな。
・・・等とツッコミ入れつつ読んでいくと、最後に稲荷信仰に関するヴァナキュラーが紹介されていて、「”ぽく”なってきましたな」となった。
カリフォルニアの方がちゃんと勧請して祀ってはるらしい。
違う信仰に通じるものがあるようだ、但し「イナリ信仰はこうだ!」とガチガチに縛る事は無い。

面白いなぁと思う一方、フォークロアがヴァナキュラーとなったように、トラディショナル民俗学/ネオ民俗学みたいに呼び方分けたらいいのになぁとも思う。
だから此処で紹介されているのが”現代”民俗学なのか。

何処まで集まると民俗学という”学問”として成立するんだろうか。
集めるだけではないでしょうし。
恐らく1個だけなら学問になりづらい、其れが「うちはこうだった」「うちも真似してみよう」と線で繋がると地域性や現代の家族の在り方なんかが見えてきて学問として成立するのかな。
例えば「うちはおばあちゃんがTHE BACK HORNのポスターを毎日拝んでる」という話*1だけがあったとする。
其れだけだと「ファンキーなおばあちゃんやな」で研究ネタとしては弱そう。
デイリーポータルZのネタにはなりそう。
で、そのおばあちゃんのご近所さんが真似してTHE BACK HORNのポスター、或いは芸能人・スポーツ選手とか関係なく孫の写真を拝みだしたら。
或いは「うちのおばあちゃんが~」ってツイートしたらバズって「うちのおばあちゃんははなにわ男子のアクスタで祭壇作ってる」「うちはオカンが」・・・みたいな話が集まってきたら。
そうなると研究ネタとして成立するような。
そうでもないのだろうか。其処まできゅうきゅうしない?
単独でも論として成立したら良いか。
余裕あれば、現代民俗学についてもうちょっと突っ込んで知っていきたいなぁと思った。

最新の民俗学を紹介する本だけど、話のネタ集にもなりそう。
モーニングとか大学の七不思議とか、めっちゃ盛り上がるんちゃうかな。
そして新たなヴァナキュラーが集まってくる、という。
面白いサイクル。

どうでもいいニュース:
松本城のお堀にかき船があるの、光舟はご存じだろうか。
・流れ星の肘神様も紹介されてる。すっげえ事やってたんだな。
・店名に「ぶらじる」と付くのは、喫茶店あるあるなんだろうか?

*1:因みに此れはマツのおばあちゃんの話を思い出している