社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないので、はてブボタンは設置してません。

お咒い日和

友人が感想を書けない事を気にしていた。
読んで自分の中に取り込んだものを咀嚼・解釈してアウトプットするの、結構パワー要るよなぁ。
その作家さんに「良かった」って伝えたい!となるなら尚更。
好きな作家さんの本を読んで「良かった」と思えているのであれば、安心である。
この↓本だってもっと沢山書く筈だったのが、シンプルになってしまった。

「お咒い日和」(加門七海/角川文庫)読んだ。

「お祓い日和」は読んでいる。
「お祓い日和」は実践的、日常でやれそうな内容である。
「お咒い日和」は理論編、みたいな。
具体的な作法は載ってない。迂闊には出来ないからだ。
行事等、昔からあるものには意味がある、というのは共通している。

日常のあれこれ、遊びにもお咒いに繋がるものがある。
意識しないうちにお咒いしてるのかも。
音楽も。
「音の基本は、ふたつのものを打ち合わせること、あるいは空気に触れさせることから始まる」(p.101)とある。
音があるという事は動き・接触があるということ。
今、ライブを生で楽しめないのは、一旦そういう場所から距離を置いて、今一度そういう基本を考えてみよ、という事なんだろうか。
少なくとも自分はそう考える事にしよう。(でなきゃやってられない)
「芸」のとこだけでも読んで欲しい。
他にも、一度自分の身辺を見つめ直すのに、この本はよいかもしれない。

文庫版あとがきでアマビエについても触れられている。
言われてみれば確かに除菌は禊・祓いに通じるし、STAY HOMEだって物忌みみたいなもんかもしれない。
平安時代は迷信で生活縛ってるみたいに思えたが、今迄思ってたよりも実用的だったのかも。
加門さんはアマビエについて「崇敬の対象にまで上り詰めるのは難しいように思われる」と仰っているが、崇めるというよりもっと身近なところ、人間のすぐそばに居て、何かと気が塞ぐ、狭苦しい鬱陶しい世の中を生きていく心の拠り所、象徴と言うよりは和みみたいなもんなのかもしれない。
不気味じゃなく可愛らしくアレンジされてるのも、そういう事なんでは。
ところで言霊についての説明を読んでいて思ったが、Twitter等のSNSはどうなるんだろう。
声には出していない。
話さないけど呟いてはいる。

どうでもいいニュース:
「日本人は音楽や一定の所作を行うことで、トリップが可能だったのか」(p.132)とある。
日本で好まれる音楽が諸外国と違うのは、そういうとこにも由来するのかもな。
だからやたらめったら出羽守しなくていいんじゃないか。