社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないです・・・。

八本脚の蝶

「音楽業界壊れろ」なんて仰る方があるけど、その人が思うように都合のいい壊れ方はしないだろう。
それに主な配信全部やってCD3000枚持ってる人が思うほど音楽人間ヤワじゃない。案外強い。

「八本脚の蝶」(二階堂奥歯河出文庫)読んだ。

八本脚の蝶 (河出文庫)

八本脚の蝶 (河出文庫)

表紙からして美しい。
東雅夫さんのツイ・RTで知った。
昔の幻の小説?と思っていたが、膨大な量の読書をされてきた編集者の方の日記。
1977年生まれという事は、同い年である。自ら此の世を去られていなければ。

文章の纏う雰囲気は平成ではない、大正や昭和初期(?)の文学作品の中の少女のよう。
しかし書かれている内容は平成、それも普通の女の子である。
文学作品・画集もお洋服もお化粧もアノマロカリスも欲しい、そんな人。
読んでこられた本の量以上に、その内容が凄い。よく見つけて触れてこられたものだと思う。
それは奥歯さんが「自分より本を読んでいる人」と仰る雪雪さんとの出会い、と思ったが其れすらも引き寄せてしまう力があったのだろう。

だんだん内を見つめるようになる。深く深く思索してゆく。
引用が増えてゆくのは、伝えたい、吐き出したい気持ちがあるけどもうご自身の言葉として紡ぐのでは追いつかなかったからなのだろうか。

常に死を意識しておられたのかもしれないが、其れが具体的なものとなった途端、急に加速する。
死を選んだ人の勢いは何でああなんだ、一気に駆け抜けてゆくのだ、誰にも止めようがない位。
ご家族や彼氏、雪雪さんが止めようとされているが。
雪雪さんの文章が美しい。其の美をもってしても・・・。

出来れば

綺麗なものたくさん見られた。しあわせ。
そろそろこの世界をはなれよう。
(P.425、2003年3月23日)

等と仰らず、自ら此の世を去らないでいただきたかった。
(何となくもしかして?と想像する点はあるが、其れも越えてしまった所に”思い”があったのかもしれない)
此の日記以外の文章・短歌を読みたかった。きっと美しい。
だけど今日、此の時代は本の周りだけ取っても汚すぎる。
恐らく其れは其れで耐えられないだろうし、此の世の汚れに触れて欲しくない。

一旦読んで、改めて読み返すと、此の日記自体が既に1つの文学作品のように完成されている。

どうでもいいニュース:
此れだけの文章が書ける人間であれば、と溜息つきたくなる。
そうなるには読書量も内容も足らなさすぎる。