社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないです・・・。

ロング・グッドバイ

人生を大きく左右するような事柄に関して、迷いながらも案外すっぱり決断出来てしまうものかもしれない。
「志望大学だが大学+学部で考えると第3希望に行くか、そちらに払った入学金棄ててでも第2希望に行くか」「仕事辞めるか」「家人と一緒に暮らすか」・・・etc.、振り返れば人生の分岐点ではあるけど「決断」という程きちんと考えた訳ではなかったように思う。
受験勉強、仕事上のアレコレ、周りのやいやいいう声に疲れて「もうええわ」って選んだような。
それでも何とか生きていけるもんだ。

「決断」で思い出したのは、ずーっと使っていたシンセ、Roland XP-50を手放した時の事である。
楽器やってる人って割り切って自分の機材をすっぱり手放せる人もある、キーボーディストでも貸し借りからの借りっぱなという事はあるらしい。
しかしこのシンセは自分がバイトして貯めた金で買った、大学時代を共にしたと言えなくもない*1、社会人になってからもライブ出る時に持っていた*2、弾く機会は減っていても、なんだかんだで付き合いの長い、家電<その他機材<XP-50≒相棒、てな存在だった。
ある日電源を入れたがエラーが出て音が出ず、問い合わせ等色々して修理に出したところ、こちらの想定以上の費用が掛かる事が判明した。
電話で説明して貰ったが、メモが追いつかなかった。中の基盤が腐食してたとは。液漏れあって発煙する恐れもあったとは。
修理部品も一部は既に無いとのこと。
それでも直せるだけ直して使い続けるか。バッテリー換えたらまだ弾けるかもしれない。
しかし20年以上頑張ってきた奴である。色んな人が弾いたけど、中には振り回す人もあった。個人所有のシンセにしては無茶してた方かもしんない。
手放すとしても、どうするか。
メーカーも楽器屋も引き取りはしない、誰か修理してでも使える人が身近にあるかというと、無い。
大型ゴミとして捨てるか。
うっかり誰かが拾って帰ったら困る。発煙する恐れがあるものだ。
何よりゴミだなんて厭だ。
もう自分にとってこれはただの機械、モノではない、自分の一部なんだ・・・いやそれも違うような。
戦える、強くなれるという意味ではシンカリオン的な?それも違うか。
シンセはシンセで別の命を持っているような感覚。
楽器って不思議な存在だよなぁ。
命を持ってるんだとしても、手を下すなり何なり、お別れしなきゃいけない。
見ただけで「もうアカン」と思えるなら諦めもつく、修理すれば何とかなるかもしれない、でもやっぱりどうにもならないかもしれない。
迷った。
でもでも決めないといけないんだよね。
結局、ハードオフに持っていった。
アドバイス貰ってたのもあるし、ジャンク品コーナーに並べば誰か詳しい人が修理するなりパーツ取りに使うなりするかもしれない。
(ギターだとジャンク品買って修理して売る人もあるんだそうで)
そしたらまだ生きていけるかもしれない。
2年経った、パーツとしてでも何処かで生きていてくれたらと思う。

こんな「迷い」と「決断」もある、という事で。

#「迷い」と「決断」

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*1:同じパートの人に貸しまくったんで自分以上に軽音楽部で活躍した

*2:今思い出した、助っ人で参加した新開地音楽祭にも連れて行った、というか持って行った