社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないです・・・。

オーケンののほほん日記

天才高校生弾き語り、観た。
すごい。
このすごさ、どこまで続けていけるのだろう。
勿論、年齢重ねていくうちに進化していくのだろうけど、いらん事する奴言う奴はあるだろうからな・・・。

オーケンののほほん日記」(大槻ケンヂ新潮文庫)読んだ。
随分前、ちょうど自分が筋少を好きに・・・許せるようになった頃の日記である。
今でこそライブ行ってふーみんとおいちゃんガン見してオーケンのMCに大爆笑するようになったけど、最初は嫌いだった。出てきたらチャンネル変えるレベルで。
だが「じーさんはいい塩梅」なら良いと思えるようになった頃、「レティクル座妄想」は部活長屋の斜め向いの何部だかわからん部長の子に借りたかテープにダビングしてもらったかで愛聴してた。
後々オーケンソロ1stは買おうかと思うようになった。買ってないけど。
あの頃のオーケン、色々あったんだな。不安神経症だったのか。
オカルト趣味にドクターストップ掛かったり武道場見学しまくったりしてたのか。
しみじみしますな・・・。
井上陽水エピソードわろた。そういうとこともツーツーなのが凄い。
不毛な話の喩えが”谷村新司(ちんぺい)の前頭部並”って、病院の待合なのに噴いた。
笑える話だけじゃなくて、バンドの生々しい話もある。
金の話の中でも「ギタリストがステージ中にギターをふりまわすとメンテナンス代がかかるのであまり乱暴にギターを扱わないでほしい」とか生々しすぎる。
ふりまわそうと思って回す人もあるかもだけど、だいたいテンション上がってきて思わずぶん回しちゃうんじゃないだろうか。
ギタリストの運指ガン見するの、ステージ上から分かるもんなのか。件のふーみん・おいちゃんガン見はまだ大丈夫だけど・・・うう。将来のあるギターキッズじゃないのにガン見してごめんなさい。もう二度としませんとは言わないが。
アーティストとファンの関係についても

知り合いというにはあまりに一方的な感じがするし、友達ではない。(中略)アーティストの方は自分のために表現という手段を選び、ファンは自分の夢をアーティストに投影しているだけだ。どちらも自分勝手で一方的で、お互いを愛しているようで本当は永遠にすれ違う関係なのかもしれない。

それでも表現を通して、一時期だけでも似たような空気と時間を共有した人間達に対し、ボクは”友情みたいなもの”を感じる。

とある。
もしかしたらこの頃のオーケンは”友情みたいなもの”の距離が近すぎちゃったのかもしれないな、優しすぎて・・・と後半を読んでて思った。