社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないです・・・。

そのへんにマスク捨てるな

この連休、外出した人が多いそうである。
京都は昨年9月より多かったとか。
京都行きたいんだよねぇ、食べたいとこも観たいとこも買い物したいとこも沢山ある。
もうちょっと落ち着いたら・・・落ち着くのだろうか。

最近、というか新コロでマスク必須みたいになってきてから、腑に落ちない事がある。
なんでそんなに道端にマスク落ちてんねん
日中ずっと付けてるやん、それなのに何で?
ちっちゃい子のマスクならまだ解らなくもない。
マスクしとかなあかんよ、だけど苦しくなってつい外してしまう、そんで他のモノに気を取られて落っことしちゃう。
親が拾ったれや!かもしれないが余裕無いんだろう。
しかし大人用のマスクが落ちてるん、何で?
だいたい使い捨て、手作りっぽい布マスクも見かけた。
うっかりさん・・・しっかりしてくれ。
使い捨てマスク、自然に還らんだろ。
誰かが拾わなあかん。厭やん、どんな状態の、誰が落としたマスクかわからんのに。
腹立つ。
何で腹立つかというと、たまにうちのベランダまで飛んでくるからである。
台風やら何やらでお天気荒れて風が強い日にちょいちょい飛んでくる。雨でびったびたになったやつが。
何で拾わなあかんねん。放っておいても飛んでいかない、飛んでいかれても困るし。
大丈夫だと思いたいが、他人が放ったマスク拾って感染したくないよなぁ。
要らんかっても、ちゃんと家まで持って帰って自分ちに捨てて欲しい。
使い捨てマスクを洗って干してるなら、飛ばないよう工夫して欲しい。

あと最近はおっさんもマスクしてる率が上がってきた。
ノーマスクで大声でわあわあやってんの、運動部か何かスポーツやってる系の男子くらいやで。。。
ほんま止めて欲しい。
練習も試合もやってない時、街中歩く時は頼むからマスクしてくれ。したくないなら喋るな。
お前らは感染しても平気かもしれん、だが新コロ貰いたくないんだこっちは。
運動部だけじゃないかもしれないが、わあわあうるせえな!と振り返って見たらユニホームかなんかお揃いの男子の集団。
うるさい・図体でかい・ユニホーム姿・・・って目立つぞ。

この気持ちもいつか忘れる(CD付・先行限定版)

ここんとこ半月くらい”新しいTHE BACK HORN、そして夢が叶うファンって素敵!”銀河遊牧民*1稲子vs”美味しくないものは読みたくない”活字中毒稲子で殴り合いしている。
葛藤があるのは作り手だけじゃない、受け手もだ。
誰にも理解されないけれど。

という事で「この気持ちもいつか忘れる」(住野よる/新潮社)の話である。

この気持ちもいつか忘れる CD付・先行限定版

この気持ちもいつか忘れる CD付・先行限定版

何処で予約するのが良いか思案の末、タワレコオンラインで予約。
hontoは告知すぐには予約が出来なかったんで忘れないうちに、と。
したらタワレコは発売日に発送予定・・・だが発送自体が発売日翌日17日、受け取ったのが20日。書籍は遅れるんですかね。
地元の本屋の方が早かった。15日には店先の目立つとこに陳列されてたし。

ちょっとネタバレあります。



連載じゃなく一気読みしたら面白いのでは、と少し考えていたが、単行本で読んでもやっぱり冗長な感じは残っている。かったるい。美味しくない。
THE BACK HORNというより栄純とコラボしたみたいな感じもそのままだ。松田感、岡峰感があんまり無い。
がっつり加筆訂正は入らなかったんですな。
(もりみーや飛さんみたいに連載と単行本とで筋自体変えていくのが例外的なんだろうか。)
とはいえ、読み返す事で気づいた事もある。
チカと呼ばれた存在、カヤの前には女の子として現れたけど、他の人の所には違う姿で現れたのかも。
斎藤には音楽で。
もしかしたら人ではない存在とも遣り取りしてたのかも。
其其に対して、チカが持つ物語(戦争があって都度避難所に行く、等)も違うとか。
お互いに歌い合う所はカヤ側も歌詞があれば良かったのに。
チカはあるわけやん?
その一方性もストーリーに絡んでくるんだと思っていたが・・・。
出てこないけど、カヤは「君を隠してあげよう」を歌ったんだと考えよう。チカとの事は秘密にしたいだろうし。いい歌だし。
名前の件は叙述トリック的なんだけどあんまり有効じゃないよね・・・。
そもそも「本編」があんまり「誰も望まないアンコール」に作用してない気が。全くしてない訳じゃないけど。
(しかし”誰も望まない”って作者が付けちゃうのって酷くないか・・・?堂堂と「アンコール」って言い切ってくれよ)
いっそ斎藤もチカに出会ってました、とはっきりと明らかになる方がベタだけど落ち着くような。
まぁ出会ってるといえば出会ってる訳だが。
高校時代の斎藤の下りはどうなんだろう、ただ単なる引っ掛けだったらつまらなさすぎる・・・流石にそこはナニカに出会ってる位でないと。
もうちょっと起伏みたいなんがあれば。
あんまり無いから安心して読めるんだろうけど、「この気持ちもいつか忘れる」ってああそうですか、という感じである。

CDはまだあまりがっつり聴けていない。
「カルペ・ディエム」ほどぶっ飛んでない個性が大爆発それってスーパーノヴァ!?ではなく、詞も曲も美しい。
「住野先生が大好きなTHE BACK HORNってどんなバンド?」という人達には安心して差し出せる。
あと「アウト×デラックス」で栄純知った人達にも安心して差し出せる。
一方で「栄純の元カノ、知ってた」なガチ勢(?)も満足である。
因みにTwitter見てたらCD張り付いてるの引っぺがした方があったんだが、上の赤いテープ引っ張れば引っぺがさなくても取り出せる。

試みは面白いのだけど、此処まで”寄らなくて”よかったのかもしれない。
小説があって「実はこれこれの曲達からインスパイアされて書きました」「登場人物のテーマ曲があるんです」「このシーンでこの曲が流れてます、作者の中では」だとか
コラボとか無しに小説を読んだ栄純か誰かが心動かされまくって「EP出来るくらい曲作っちゃいました」だとか。
その位の距離感の方が受け手の自由があって良かったかも。

・・・とか書いておいて、年末読み返して「いやあ良かった素晴らしい」って号泣してたりして☆〜(ゝ。∂)
とはいえ「ダ・ヴィンチ」の「BOOK OF THE YEAR」の回答早まったッッッ!とまではならなかった。
バクホン勢で未回答の方は宜しくお願いします。

PV、ダンスシーンは爪を強調したら良かったような。

住野よる/この気持ちもいつか忘れる [Promotion Video]出演 志田愛佳
ダンスはこのままで、爪と目が印象に残るような強めの色、とか。
これじゃただ踊ってるだけである。

今は絶句して虚無ってる活字中毒稲子を「あったかいお茶入れたげるから、落ち着こうか。牛乳たっぷりコーヒーがいい?くるみゆべし食べよ?」「『突風』いい曲やん?」と銀河遊牧民稲子が慰めてるような状態である。

しかし公式略称が「コイスル」って。
そこだけは、なんかやだ。
しかもタグ付けてTwitter検索したら違うイベントが出てきたぞ。。。

折角だからTHE BACK HORNファンに住野よるが刺さって欲しい(刺さりたい)し、住野よるファンにTHE BACK HORNが刺さって欲しい。
THE BACK HORN側は力入ってる、勿論作者もそうだろう。
だが新潮社はどうなんだろうね。
この↓ザマだもの。
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作者が「THE BACK HORNと一緒にやりたい」って言ったから実現したコラボでしょうに。
ダ・ヴィンチ」で住野よる特集キター!アンケートで「THE BACK HORNもお願いします」って書き続けて良かった!と思ったら映画公開絡みだったもんな。
双方がっつりコラボ!なのに、小説と音楽のコラボがどうとか言うと別のアーティストの話題出てくるもんな。。。
(こないだラジオの音楽ニュースで釣られた人)

ところで、「出版社・作品が違っても装丁を揃える」というイメージ戦略でもされてるんだろうか。
メルカリで検索かけた時の画面の印象が一定で。

どうでもいいニュース:
アプリにしたら面白かったのでは。
アプリで読んでいって、音楽が必要なとこにボタンがあって、タップしたら相応しい曲が流れる仕組み。
「ハーモニー」のetmlみたいなん必要そう。(by銀河遊牧民稲子)
もっとどうでもいいニュース:
伊藤計劃とコラボしたら面白かっただろうな。。。
もう残ってなかった筈だけどサマソニかなんかフェスで観てはんねん。NINファンにはそんな風に見えるんだと思った記憶が。
あと「アカルイミライ」関連で言及あった。こちらは本にも残ってる筈。(by活字中毒稲子)

*1:THE BACK HORNファンクラブ及びその会員のこと

ひなひな

ドラムレッスンである。
シンバル軽く掴むので入口で手にアルコールがっつり刷り込んで行くが、果たしてそれでよかったのだろうか。
ダメなら新コロ後再開した時に注意あったかな。
感触確かめるフリしてフットハイハットってどんな音なのか?と確かめる。
それはさておき、ぱっと見て解る位ハイハット開いてたんだが、前の方は一体何を演ってはったんやろか・・・。
なのでハーフオープンにするのが難しい。
爪先をそっと浮かせて・・・の筈がめっちゃ開いてシャンシャンしてる。
そっちに気を取られて違うとこが叩けないという。あるある?
そういえばペダルを半分踏み込む事自体、あんまりやった事が無いのだった。
ボリュームペダルくらいか。
ボリュペみたいに・・・ってあれ左足で踏んでたっけか。ううむ。
しかもドラムは左右で踏み方が違う。
右足がちゃんと踏めてないとバスドラ鳴らないし腰を傷める事にもなりかねない。
ベース聴きながら叩くと良いですよ、とお手本を見せて頂く。
先生が叩きはると、すごく丸い、優しい音である。
曲に合わせて、そんな風に叩けたらな・・・とばっさばさ叩いている。余裕が無いのだ。
ひなっちひなっち・・・と心で唱えながら叩く。むっちゃドラム出来る人、ガチのドラマーみたいな気分になる。気分だけな。
するするーっと説明受けて叩き始めた後奏はOJに釣られる。
キックで16はちょっと出来るようになった。
ライドのカップ叩こうとして全然違う音がしたのではてな?と思っていたら、ライド留める金具叩いていたらしい。そんなあほな。

その後定期買いに行ったり古着をリサイクルに出しに行ったり。
お昼に食べた卵かけご飯が双子ちゃんだったり。
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有精卵らしいので、温めて孵化させたら双子のひよこが生まれたのだろうか?
それにしても疲れた。
双子たまごパワーで元気な筈なのに。
土曜日っていっつもめっちゃ歩いてるのに。
体力落ちてるのか年げふんげふん・・・新コロであんまり出歩かなかった時期あったもんな。

「ユリイカ」2020年9月号を読んで

”推し”という言葉を使えば「アイドル視」とか言われる昨今。
一方でジャンルの越境もあり、その場合に「郷に入りては郷ひろみ」もとい「郷に入りては郷に従え」とならないで「あの界隈だとこうなのに、この界隈は違うんですかオカシイ!」って人もあったり、そういうのに限って声がでかかったり。

ではオタクとは何だ?

推しの有無とオタクか否かは別の次元だと思っている。
好きなバンドやメンバーを”推し”と言ってきたが、去年くらいから「なんか違う」と思えてきた
特に「好き」程度じゃ済まないように見える、今「推しが尊いてぇてぇ!!!」的に言う人達は。
なので推しが誰かと問われると戸惑うようになってきたし、寧ろ「推しを決めないとダメなのか」と言う気持ちである。

で、「ユリイカ」2020年9月号、「女オタクの現在--推しとわたし」を読んだ。

推しとかオタクとかって個人差があるなぁ、と。
掲載されている文章は評論だけど、自分語りでもある。
こういう生い立ち、こういう遍歴を辿って、どんなオタクになったか、誰を推しているか。
それを踏まえて、評論。
なので「貴方の界隈はそうなんですね」とまず思った。
評論する土台がまず全然違うんじゃなかろうか。なので中中に無理がある、難しいものなんでは。
ただ、どの方も”推し”という言葉には「わたしはこんなに好き!こんなに素晴らしい!」という主張が篭っているような気がした。
とするとオタクとは「語れるかどうか」なのかも。
それは知識・経験でも良いし、「如何に好きか」という気持ちでも良い。
水上文の文章に「女は『私』を生きる」とあって、それがオタクなんだろなー。
好きなモノ、”推し”と共に”自分”を生きる。
結局“自分語り”になるなら、評論の体を成したやつより、各オタクが自らの来し方行末、推しにまつわるエトセトラ語る方が興味深く読める。

そんな中でちゃんもも◎の「女オタクが衣装を着て創り出したアンサー」が面白かった。
”オタク””誰かの推し”の両方の当事者。

バンド界隈はどーなんだろ。凄く雑な言い方するが。
こういう感じのオタクもいるし、違うオタクもいる。
ライトな人もコアな人も。
外見や作品以外(プライベートとか)の話に触れると「アイドル視」「キモイ」と言われがちだが、そればっかりじゃない人はどうなんだ。
藤谷千明の文章に「外からはこう見えているようだが内はそうじゃない」という違和感にはちょっと共感した。
被害者意識ではないと思う。
西田藍の話をもっと読みたかったし、彼女みたいな感じのオタクについての評論を読みたかった、知りたかった。
高山羽根子語るところの野球オタクみたいな世界になればなぁ。
”女オタク”・・・男も女も無いわ、”オタク”もジャンル、人ごとに違う。干渉し過ぎないようには出来ないもんだろうか。
同じジャンルでも分かり合えないなら、どうしようもないが。
横田祐美子の文章で引用されている中(もとは嶽本野ばら「世界の終わりというなの雑貨店」)に

私は貴方のことを全て理解しているだなんて、少しも思わないし、貴方が私のことを理解してくれているとも、思いません。理解なんて必要、ない。歩み寄り、妥協することも必要、ない。

とあって成程と思った。
だからといって他人殴らなくてもよいような。

ただ、一つ気になった事。
この特集の中で”女オタク=腐”みたいな空気が流れてるのが、ちょっと。
そうじゃない女オタクもいるだろうよ。
そうなると「ユリイカ」の”女オタク”から逸脱する?
ウムウ。なんだかなぁ。
あと定義が雑な人もある。
女性向け二次創作を”やおい”と定義するのは雑な気がする。
うんと遡るとまた違うのかもしれないが。

ところで、汀こるもの、ラブコメ書いてはるんや。

おもいでエマノン

ドコモ口座の件、取り急ぎ普段使う口座については確認出来たが、カード作ってない貯金専用の口座が心配。
こないだ有休取ってた日に慌てて通帳記入した。
無事だった。
安心したので、その後魚に足の角質etc.食わせに行った。
平日の神戸どうぶつ王国、うさぎもふもふはお休みのようである。よう寝てはる。

「おもいでエマノン」(梶尾真治/徳間文庫)読んだ。

おもいでエマノン (徳間文庫)

おもいでエマノン (徳間文庫)

地球に生命が誕生して三十億年、総ての記憶を持つ少女の話。
エマノンは1人で様々な時代・場所を旅してるんだと思っていた。
エマノンの記憶を代々子孫1人に継いでいくのだった。
エマノン的な存在は他にも居て、総ての未来の情報を持つ人や植物として総ての記憶を持つ存在も登場する。
「おもいでエマノン」「しおかぜエヴォリューション」好きだ。
「おもいで~」はエマノンシリーズの一番最初。
「しおかぜ~」は原油備蓄基地建設で揺れる町の、建設予定地で生えてくるものの話。
死ぬとしても、今迄のように記憶は受け継がれないのだろうか。だとしたら何故このタイミングでそうなったのか。
子孫を残せないと悟ったのだろうか。
色々考えるけど、読んでいて非常にわくわくする。
「たそがれコンタクト」とか。
上手くはいかないんだろうと思っていたが。
ガリオンはそういう思考する奴だから事故るし誰も助けに来(られ)なかったんでは・・・。

各物語のエマノンは同一人物かもしれないし、微妙に違うのかもしれないな。
あの話のエマノンがこの話のこっちのエマノンなのかな?とか考えると楽しい。
そこで起こる誤差的な物事も影響したり・・・とかする?