社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないので、はてブボタンは設置してません。

ニルヤの島

自分には珍しく、断捨離というものをしてみたりする。
単に物理的に破損してないから履けるけど履かなくなった靴を”おつかれさん”しただけなんだが。
昨日ほどではないとはいえ、相変わらず断続的に通知が来る。今はユニゾン、ミセス勢多し。

「ニルヤの島」(柴田勝家ハヤカワ文庫JA)読んだ。
最近まーたハヤカワ文庫JA多いやん、というのも50%引きの時に4冊買ってたやつ*1。そのうちの2冊目。
それはさておき、ちゃんとストーリーの起伏があるのに、すごく説明しづらい話である。
南洋の島を訪れる文化人類学者、模倣子行動学者、ゲーム、島で働く人々、それぞれ幾つかの物語をネックレスのように、パッチワークのように繋いでいる、と言えばいいのか。
繋がってくるまでがちょっとしんどい。
これは紙で買うべきだった。
他の小説より行きつ戻りつが多くなったし、何度も登場人物一覧を見直す事になったので。(解説も無いし・・・)
それが一気に繋がってきてからが面白い。
今度紙で買って、メモ取りながら読んでいこうと思う。
人類学とSFという取り合わせも面白いなぁ、と。
クラ、文化人類学の講義で習ったわ。懐かしい。
補陀落渡海のような考え方って日本以外にもあるんだなぁ。
あくまでも「ニルヤの島」でのミクロネシアらへんの話なのかもしれないが。あってもおかしくはない。





それにしても、仮令過去の良かった瞬間を何度でも再生できるんだとしても、それが「死後の世界という概念が無くなる」のとどう繋がるんだろう?と考えてしまった。
どんなに繰り返しても、死んじゃった事に代わりは無いし。
生きてる人の為の儀式という”落とし前”は要るんじゃないのかなーと思って読んでた。
死んじゃったら生体受像も蓄積されていかないだろうし。生きてるから記録を残していけるのでしょう。
そりゃモデカイトとか出てくるわな。

どうでもいいニュース:
作者、本名だと思ってた。

*1:2冊分の値段で4冊、実質無料(意味不明)