社会学的ラブソング・改

音楽と本とお茶と美味しいものと面白いもので出来ている。あんまりはてブされたくないので、はてブボタンは設置してません。

年末やなぁ

今日は喪中葉書を書いた。
出す時期・文章etc.調べてたら、どうやら自分からみた祖母との親戚関係だと喪中じゃなくてもよいらしい・・・のだが気持ち的に喪中なので。
住所録が古くて元々年賀状出せなくなった人の分、現住所が分からない人の分まで印刷してしまった。
出せなかったうち、今も交友がある人達は此処みてはるやろうから、当エントリを以て喪中挨拶とさせていただく。申し訳ない。
あとほんとは11月中に出さなきゃいけないんだよね・・・ごめんなさい。

少し前に某ロックスターのおばあ様の話をお母上のブログなりツイなりで知った。
直接会ってお話出来たのはおばあ様にもご本人にも良かったんじゃないか、と思う。
祖母が亡くなったのは今年の4月だったが、最後に会ったのいつだったんだろう。思い出せない。
施設には行った事が無いので、恐らくその前に入院してた病院にこっそりお見舞いに行ったのが最後だったかも。
その時点で既に”あやしく”て、自分の息子達ですら分からなくなってると聞いていたが、一応自分が孫の誰なのかは分かってくれてたみたい。
伯父に伝わってたみたいだし・・・と思ったが、付き添いの人への申し送り用のノートに「稲子参上!」って書いてきたから分かったのか。
施設入ってからは時々オトンからメールで写真や様子が送られてきた。
たまーに祖母にカード送ってたんで、届けてくれた伯父からも着てた。
だから何となく様子は分かっていたけど、直接会って話は出来てなかった。
もっと会いに行けばよかった・・・とは思うけれど、実際どうなんだか。
喪中葉書の準備しながら色々考える。ちょっと泣けてくる。

因みにもう片方の祖母は、祖父のお葬式の時に控え室でお茶汲みのダメ出しでネチネチやられたのが最後である。
違う意味で泣けてくらぁ。

どうでもいいニュース:
申し送りノートは記録魔のオトンが用意してたんだが、日々の祖母の様子が分かるし、話す事に詰まっても取りあえず”読む”ものがあるし、ノート見ながら「そういえば・・・」と話のきっかけになるのでいい考えだと思った。